睦月・如月を過ごして

先々週から先週にかけて日本列島は、寒波が続き、関東地方を中心に記録的な大雪で町や集落が孤立したり、雪で埋もれた車の列や雪の重さで崩壊した家屋などを各種報道で見聞きするにつけて、豪雪の凄まじさに驚いています。異常気象とは怖い、恐ろしいものだとあらためて実感します。寺田虎彦氏の「災害は忘れた頃にやってくる」という有名な警句がありますが、現今の被災状況から「常在危機だ」と感じます。防災・減災対策での想定外は、最小限であるべきです。被災者の皆様にお見舞い申し上げるとともに、一刻も早い復旧・復興を願っています。
 
1月から2月にかけて多くの行事、イベントがあり、忙しさに紛れて過ごしてきた感があることから、この機会に総括してみたいと思います。
1月5日の成人式は、例年新成人と翌年の成人で実行委員会を立ち上げ、企画・運営していますが、式典は厳粛に、記念行事は華やかでにぎやかな催しとなり、新成人の皆さんを頼もしく感じました。同日の午後から、商工会主催の「新春あいさつ会」があり、約150名の有志で新年の挨拶を交わし、交流を深めました。本町には、大きな会場がなく、町体育館での開催で準備や寒さ対策など大変なことから町外のホテルでとの声もありますが、手作りの料理の良さや交通の便を考えると町内でぜひ続けてほしい行事だと思います。
 
1月12日は、恒例の出初式です。新春の劈頭(へきとう)を飾る町消防団の一大行事です。本町消防団は、消防・防災活動を始め、防犯、交通安全、青少年の非行防止、各種イベントへの協力など、町民の安全・安心、町の活性化に大きく貢献している頼りがいのある組織です。今年も規律ある行動、しっかりと手入れされた機械装備、色とりどりの発水、そして保育園の幼年消防クラブなど見ごたえがありました。昨年は、小雨で寒冷の中でしたが、今年は幾分穏やかな天気に恵まれ素晴らしい出初式でした。

翌日は、第4回県市町村対抗駅伝競走大会があり、「町村の部」で4連覇を目指す大会でした。前田監督の指導の下、昨春からチーム編成に取り組み、選手の育成、チームワークの醸成に努力されました。結団式での「みまた魂でやるぞ」の掛け声に象徴されるように、選手、控え、サポーターが一体となった闘いで4連覇を達成することが出来ました。総合では、昨年同様4位でしたが、反省会ではさらなる向上を目指すとの強い意欲が伝わってきました。
 
1月は年初めということで、関係機関への挨拶回り、そして農畜産業、スポーツ、福祉団体などの新年会や交流会、無病息災を祈念する各地区での「おねっこ」などが催されるとともに、受精卵移植20周年記念事業や本町のふるさと大使である上原雄三氏ディナー、そして知事との「円卓トーク」など多彩なひと月でした。そして2月2日、恒例の「近畿三股会」が、大阪道頓堀ホテルで開催され、会員62名が参加。本町からの特産品の差し入れや日向出身者からなる「大阪ひょっとこ踊り」の友情出演もあり、また特別参加の歌手大野勇太君が作詞した「明日があるさ」の替え歌「三股があるさ」の大合唱でさらに盛り上がりました。そして、ふるさと三股の自主・自立へエールを多く頂きました。
 
2月8・9日の2日間は、「町文化の祭典」です。童謡祭り、文化芸能祭り、元気祭りの3部構成で行われました。以前は、各部門別々に開催されていた行事を町文化会館開館1年前から合同開催し、14回目を迎えました。出演者の舞台での堂々たる演奏、演技、発表など頼もしい限りです。「文教のまちみまた」のスローガンに恥じないよう、文化と教育に力を注ぎたい分野です。

11日は、「三股駅開業100周年記念イベント」が開催され、多くの人が駅前でにぎわいました。100年前、既に決定していた日豊本線の路線、本町の北寄りのコースを中心部に変更させた先人の涙ぐましい努力、先見の明に感服します。車社会の到来で、鉄道の利用は減少していますが、高齢化社会を思うと、コミュニティバスや宮交バス、鉄道など交通の結束点として三股駅の存在価値は高まっていくものと思います。本町発展の礎となった三股駅及び周辺を活性化していくことが先人の期待に応える道と思います。徐々にではありますが確実に。

平成26年2月20日
三股町長 木佐貫辰生

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