都城邑野々美谷村にあったが、伊東氏がこの地を侵したので、その後安永村に遷し、その後、天文十二年五月十八日、地頭和田越中守が現在地に遷して棟札を納めた。
神体は、もと、木像二体で「佐土原大舎介」と刻まれていたが、明治二年ごろ焼き捨てて鏡にかえた。
祭日は七月二十八日で、明治六年に作られた旧藩主島津家所蔵の記録に、「前略三州太守左近中将源光久公・侍従綱貴公・御息忠竹公敬神明太守故ニ修造 貞享元年冬起工、同年十一月廿八日工畢」とある。
現在の社殿は、明治三十六年七月に改築されたものである。
竈門(かまど)神社という名前もあり、某人気アニメの影響により、参拝者が増えているようです。
- 住所
- 三股町蓼池18
- 地図